大ヒット韓国時代劇『赤い袖先』は、次期国王イ・サン(ジュノ/2PM)と彼が愛する宮女ソン・ドギム(イ・セヨン)が織りなす至高の純愛を、見事に映像化した作品である。主演のジュノとイ・セヨンは物語に深い叙情性をもたらし、身分違いの切ないラブロマンスが視聴者の心を激しく揺さぶる。
■『赤い袖先』の物語が始まる前、王位継承者イ・サンと宮女ドギムの人生はどのように交差していたのか
『赤い袖先』の物語構成に目を向けると、明確な2つの局面に分かれている。前半部分は、ジュノ扮する主人公サンが王位継承者である世孫(セソン)として生きる苦難の日々を取り上げている。後半部分は、彼が第22代国王の座に就いてからの波乱万丈な軌跡を描き出している。
後継者から絶対君主へと立場が激変することが、サンとドギムの関係性に決定的な影響を与えていくのである。
本作はカン・ミガンが執筆した同名小説を原作にしている。しかし、ベースとなる歴史の流れは史実をしっかり取り入れている。そのため、背景にある実際の歴史を知っておくと、作品が持つ奥深い魅力をさらに堪能できる。そこで、ドラマが始まる前に起きた出来事を、時系列に沿って詳しく解説していきたい。
サンの父親は悲劇の運命をたどる思悼世子(サドセジャ)で、母親は恵嬪(ヘビン)ホン氏である。若き2人が結婚したのは1744年のことだった。
1750年に恵嬪ホン氏は待望の第一子となる懿昭(ウィソ)を出産する。しかし喜びも束の間、1752年にこの長男は幼くしてこの世を去ってしまう。祖父にあたる第21代国王の英祖(ヨンジョ)も深い悲しみに沈んだ。
だが、絶望に包まれた王宮にすぐさま一筋の光が差し込む。次男が産声を上げたのだ。この新たな命こそがサンその人である。
幼い頃のサンは、周囲が驚くほどの神童ぶりを発揮した。生母である恵嬪ホン氏の記録によれば、わずか1歳にして文字を理解したと伝えられている。
健やかに成長した彼は、1762年に妻を迎えた。1753年に生まれたこの少女が、のちにサンの正室となる孝懿(ヒョウィ)王后だ。しかしながら、『赤い袖先』においてはこの正室の姿が描かれていない。
これに対して、物語の絶対的なヒロインとなるドギムに目を向けてみよう。
のちに宜嬪(ウィビン)ソン氏として歴史に名を残す彼女は、サンよりも1年遅い1753年に誕生している。彼女の父親は、サンの生母である恵嬪ホン氏の実家に仕える使用人であった。その縁に導かれるようにして、9歳のドギムは宮廷で働く宮女となった。

