ほどなくしてマーラータンが出てきた。赤みがかったスープのなかに麺や具が見える。スープは濃そうで、日本で食べたそれより、辛さをより主張しているようにも映る。
スープをひと口飲んでみた。
「辛ッ」
強烈だった。
「こんなに辛いのか。日本のマーラータンの比じゃない」
息を整え、もうひと口啜る。
「辛ッ」
しかし食べないわけにはいかない。麺も啜ってみた。ぷりぷりとした麺だったが、銀色の金属箸では滑ってしまって食べづらい。隣のテーブルを見ると、女性客が涼しい顔で箸を進めている。麺はインスタント麺だった。
「あのほうが食べやすいな」
ひとりごちて、麺を苦労しながら口に運ぶ。辛い。ただしだいに辛さに舌が慣れてきたのか、なんとかなりそうだった。
半分ほど食べたところで、ふと思った。日本のそれに比べると、花椒のしびれが薄い。唐辛子の辛さがはるかに勝っている。
以前、東京の中国料理店で、本場の味という麻婆豆腐を食べたことがあった。その店の売りメニューのようで、ほとんどの人が麻婆豆腐を食べている。それを口に運んだとき、一気に四川省で味わったしびれが蘇ってきた。たしかに本場の味だった。花椒をかなり入れている。唐辛子の辛さを忘れるほどだった。
周囲を眺めると、皆、麻婆豆腐を黙々と食べている。日本人は花椒のしびれには対応力があるような気がした。
僕のなかでは花椒のしびれはワサビに似ていた。唐辛子の辛さは口のなかで爆発するが、花椒やワサビは脳に響くようなところがある。ワサビに慣れた日本人は、花椒のしびれにもついていけるのかもしれなかった。
ソウルのマーラータンはこれがはじめてなので、一概にはいえないが、韓国の人は唐辛子の辛さに親しんでいる気がする。その流れで、花椒は弱めているのかもしれなかった。
日本のマーラータンは、具材ビュッフェスタイルを韓国からもち込んだ。しかし花椒のしびれは、本場の四川省に倣っていた。

