例年、ソウルの夏の暑さは厳しいが、今年(2026年)の8月初旬、ソウルを襲った猛暑は各違いだった。ソウルでも気温40度を超えるところまで出た。

 市民はコンビニで暑さをしのいだ。韓国では「ピョンカンス(コンビニ避暑)」という言葉まで生まれた。

 しかし時間のある高齢者は別の行動に出ていた。仁川国際空港に集まっていたのだ。空港は冷房が効いているうえに、ベンチがたくさんある。そこに朝、出勤するように向かい、夕方に戻るのだという。

■仁川国際空港に通う高齢者たち、その理由とは?

 伏線は電車の無料化だった。ソウルの地下鉄は1984年から、65歳以上の高齢者は無料になった。東京には70歳以上の高齢者に対し、年間1万2000円ほどを払えば、都内を走る路線バスや都営地下鉄が乗り放題というシルバーパスがある。だが、営団地下鉄はその対象外。

 しかし、ソウルの地下鉄は市内全域をほぼ網羅している。その地下鉄が40年も前から無料になっていた。利用する高齢者は多く、ソウル交通公社の調査では、地下鉄1号線の乗客の5人に1人が無料乗車だという。高齢化が進むなかで、年齢を70歳以上にするという案も浮上しているというが。

 ソウル市内と仁川国際空港を結ぶ空港鉄道は2007年に開通した。その時点から、この制度が適用された。空港鉄道は各駅停車の一般列車と急行にあたる直通列車があるが、一般列車は無料で乗ることができた。

 ソウルの地下鉄に3時間、4時間と乗りつづけて暇を潰す高齢者は以前から話題になっていた。昼間の電車がすいた時間帯、隅の席にちょこんと座る老人をときどき目にする。彼らが地下鉄暇つぶし組だった。さすがに仁川国際空港まで向かう人は少なかったが、8月初旬の猛暑は、そんな暇つぶし組も空港を結びつけたようだった。

 気になって、仁川国際空港を利用したとき、ターミナル内を歩いてみた。彼らはすぐにみつかった。女性は数人で集まり、密閉容器のなかに入った果物やお菓子などを口にしながら楽しそうに話し込んでいる。その近くでは碁を打つ男性もいた。

 ひとりの女性に声をかけてみた。

「毎日、公園に集まっていたグループなんです。でもこの暑さでしょ。公園はとても無理。保健センターや図書館に行ったこともあったけど、話ができない。仁川国際空港がいいって耳にして。ここ快適です。涼しいし、おしゃべりも自由にできる。トイレはきれい。皆、高齢者だから交通費もかからない。お昼は皆のもちよりです。お茶やお菓子も。空港は高いからなにも買いません」

 彼女たちが座っていた周囲には竹の植え込みがあった。空港は韓国のイメージとして竹林を演出したのかもしれないが、見方を変えれば、彼女たちが集まっていた公園を再現したことにもなっていた。

 ソウルの空港は金浦国際空港もある。市内に近いが、敷地が狭く、こんなゆっくりできるスペースがない。仁川国際空港は市内から1時間近くかかるが、高齢者たちにはたっぷり時間がある。

空港鉄道の案内所(仁川国際空港)。高齢者は各駅停車が無料