ソウルもだいぶ涼しくなった。イラストレーターのPさん(38歳)は、仕事部屋から空を見あげながら、ややせりだした腹をさすりながら、「あのパッピンスがいけなかったなぁ……」とつぶやくことが多い。瘦せようと朝のジョギングを不定期ながらはじめたが、なかなか下腹はへこまない。
■暑かったソウルの夏、ひとりで食べるパッピンスがもたらしたもの
今年の夏は暑かった。ソウルでも気温が40度を超えることすらあった。Pさんは日々、パソコンに向かってイラストを描いている。部屋の空調は効いているが、外気温が高温のため、冷房の効きが悪い。パソコンが発する熱も気にかかる。
ペースが落ちる午後や、納得のいくアイデアが浮かばないとき、仕事部屋に近いコンビニについ向かってしまう。そこで買うのがパッピンス。「パッ」が小豆、「ピンス」がかき氷。小豆かき氷である。Pさんが買うパッピンスには餅も入っている。それを仕事場で食べる。少し牛乳を入れるとコクが増しておいしくなる。
8月頃だったろうか。奥さんから、
「最近、少し太ったんじゃない」
といわれた。入浴中に鏡に映った体を眺めてみる。たしかに腹が出たような気がする。
食生活が変わったわけではない。太ったのは、毎日食べるパッピンスだと思った。やめようと思ったが、暑さのなかで、ついコンビニの冷凍庫に手をのばしてしまった。
今年の暑さの置き土産のように体のなかに貯まった皮下脂肪。秋になり、増えた体重に危機感を抱くソウルの人々は少なくないという。医師から注意された人もいる。涼しくなってダイエットに走る人は少なくない。
ピンス……。かき氷である。韓国のそれは日本と違う。日本のかき氷は、ざくざくとした氷にシロップをかけ、それを上からすくって食べるスタイルが多い。基本的にひとり用で出てくる。最近はふわふわな氷やさまざまなトッピングも話題になっているが。
しかし韓国のピンスは、もともと雪のような氷だった。トッピングも多彩で、小豆、練乳、きな粉、生クリーム、フルーツ、オレオなどの菓子系やケーキが載ることもある。それを2~3人で混ぜながら食べるのが韓国流でもあった。
このスタイルが韓国のカフェ文化とつながった。さまざまなアイデアピンスがカフェの売り物になっていく。2~3人で食べるスタイルは、韓国ドラマにも使いやすかった。
話題になった韓国ドラマは『ピノキオ』だ。放送記者をめざす青年を軸にしたサスペンス性のあるヒューマン・ラブストーリーで、イ・ジョンソク、パク・シネらが出演している。このドラマのスポンサーになったのが、人気のカフェチェーンの『ソルビン』だった。ドラマのなかでは、『ソルビン』の店舗やメニューがしばしば登場した。そのひとつがピンスだった。
ピンスはそんな風潮のなかで、カフェメニューとして定着していく。
しかしそんな韓国のピンスのスタイルを、今年の暑さは変えていった。韓国の大手カフェチェーンのMEGA MGC COFFEEがひとり用のカップピンス3種を売り出したところ、発売から2週間で100万杯も売れたという。その後、ソウルでは、「ホンビン(ひとりピンスを食べる)」という言葉までできたという。