韓国時代劇『トンイ』といえば日本でも大変人気がある作品。清楚なイメージがあるハン・ヒョジュが主人公トンイを明るく演じて好評を博したが、実際の史実では、トンイのモデルとなった淑嬪・崔氏(スクピン・チェシ)は「裏がある悪女」と称されていた。

 そんな「意外な悪女」もランキングしている「朝鮮王朝10大悪女」。時代劇によく登場する王宮の悪女たち、果たしてどんな顔ぶれになったのだろうか。

■史実に残る「朝鮮王朝10大悪女」巨悪であればあるほど、悪女ランキングの上位に選出!

 朝鮮王朝の宮廷には、陰謀を働く悪女がたくさんいた。朝鮮王朝の史実や事件をわかりやすく解説した歴史エッセイ『謎解き!朝鮮王朝 宮廷ミステリー 韓国時代劇の「なぜ?」を解明する』では様々な悪女を取り上げているが、それを参考に悪女ランキングをつくってみた。彼女たちは果たして何を仕出かしたのか。

●悪女10位/廃妃・尹氏(ペビ・ユンシ)(1455~1482年)

 9代王・成宗(ソンジョン)の二番目の正室であったが、極端に嫉妬深く、側室を呪詛するという不祥事を起こした。さらに、成宗の顔を引っ掻くという不敬罪もおかした。これが致命傷となり廃妃になり、後に死罪となってしまった。

●悪女9位/張禧嬪(チャン・ヒビン)(1659~1701年)

 19代王・粛宗(スクチョン)の側室として寵愛を受け、後継ぎの長男も産んでいる。さらに、策略を用いて仁顕(イニョン)王后を廃妃に追い込み、代わって王妃の座に就いた。しかし、1694年に仁顕王后が復位して、張禧嬪は側室に降格。1701年には亡くなった仁顕王后を呪詛した罪を問われて死罪になっている。

●悪女8位/於于同(オウドン)(?~1480年)

 両班(ヤンバン)の身分だったが、夫に離縁された後には、数多くの男性と奔放な肉体関係を持った。儒教の厳格な倫理観を破壊する元凶とみなされて、あえなく処刑されてしまった。死後も、「風紀を乱した淫婦」として悪名にさらされた。

●悪女7位/淑嬪・崔氏(スクピン・チェシ)(1670~1718年)

 粛宗の側室として張禧嬪の強烈なライバルだった。史実を詳しく調べてみると、数々の暗躍が伝えられている。たとえば、張禧嬪が死罪になったのは淑嬪・崔氏の告発がきっかけになっているが、その告発の信憑性も大いに疑われている。後に粛宗に嫌われたという噂も根強く残っていた。

●悪女6位/鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)(?~1565年)

 文定(ムンジョン)王后の弟だった権力者の尹元衡(ユン・ウォニョン)の妾となり、正妻を毒殺してその座を奪い取ってしまった。さらに、文定王后の手先となって、宮中で悪事を重ねた。文定王后の死後、後ろ盾を失って自害に追い込まれた。