1980年代や1990年代のような過去、あるいは近未来を描くドラマは、その時代の空気を醸し出すための工夫が凝らされていて、私にとっては、そここそが見どころである。
90年代末、IMF通貨危機のあおりを食った若者を描いた『二十五、二十一』(キム・テリ、ナム・ジュヒョク主演)。南北統一を控えた2025年の国境線を舞台にした『ペーパー・ハウス・コリア 統一通貨を奪え』(ユ・ジテ主演)。80年代末のソウル旧市街を再現した『ソウル・バイブス』(ユ・アイン主演)。いずれも興味深かった。
そして、最近全6話を視聴したNetflix韓国ドラマ『ナルコの神』は、主人公カン・イング(ハ・ジョンウ)が筆者(1967年生まれ)とほぼ同世代ということもあり、1話の最初の20分だけで「おっ」と思う点が多々あった。
■『ナルコの神』に登場したホンオフェ(エイの刺身)とは?
ベトナム戦争からイングの父が帰国してから数年後、ヤクルトの配達をしていたイングの母が亡くなった。葬儀で父は涙も見せず、エイの刺身(韓国語で홍어회/ホンオフェ)とキムチを肴に、ソジュ(焼酎)を飲んでいた。このシーンだけでイングの父の故郷がどこだか想像できる。
エイは今でこそソウルのスーパーでも売られているし、エイ料理の専門店もある。しかし、当時(1980年前後)はエイが多く獲れる地域、または都市部でもエイ産地の出身者が多い地域の飲み屋でしか見られなかった。
エイの産地、それは韓国の南西部、全羅道(チョルラド)だ。多くの大統領を輩出した慶尚道(キョンサンド)と違い、政治的に不遇だった全羅道の人々は食べるためにソウルや釜山に上京し、男性は肉体労働、女性は飲食業に就くことが少なくなかった。イングの父はミキサー車の運転手として1日20時間労働を6年続けた末、哀しい最期を迎えた。