■エイが『ナルコの神』の物語を動かした
父のホンオ好きは息子のイングにも受け継がれた。慶尚道訛りでしゃべる友人のウンス(ヒョン・ボンシク)が訪ねて来て市場で一杯やったとき、イングはよく漬かったキムチの上に茹でた豚肉をのせ、その上にエイの刺身を重ねて食べていた。
これは三合(삼합/サマプ)といい、全羅道ではちょっとしたごちそうだ。体内にアンモニアを抱えているエイは発酵臭と揮発性の刺激が強いが、キムチや豚肉といっしょに食べると中和され食べやすくなる。
イングが飲んでいたのはマッコリ。三合+マッコリは洪濁三合(ホンタクサマプ)といい、全羅道最高のぜいたくである。洪はエイの漢字語、洪魚の頭文字。濁はマッコリを表す濁酒の頭文字だ。
慶尚道出身のウンスがエイを口にするシーンはない。「おまえが食ってるこのエイ」と言って嫌そうに箸でつまんでから、食べもせず再び皿に投げ捨てた。二人は親友どうしで、毒を吐きながらも心は通じ合っているようだが、基本的に慶尚道人と全羅道人は対立しがちだった。とくにこの時代は匂いと刺激の強いエイに全羅道人に対する偏見を重ね、露骨に嫌悪する慶尚道人も少なくなかった。
そんなエイがこの二人の人生を急転回させることになるのだから、おもしろい。