■韓国人が憧れる「老舗」、150年の歴史があるうどん

 助っ人ガイドの北山が最初に連れて行ってくれたのが、江戸末期に創業し、150年の歴史があるうどん屋だった。韓国の人は日本の老舗(韓国語発音はノポ)に弱い。日本植民地時代から続いていた店は朝鮮戦争(1950~1953)でほとんどが途絶えてしまったからだ。この店は歯ごたえのある麺と甘めで濃厚な汁のうどんの旨さもさることながら、北山節子が話してくれたエピソードに一同いたく感心した。

「今の店主は6代目なんですが、最初は家業を継ぐつもりはなく美容師として働いていたそうです。ところが齢を重ねてもがんばっている両親を見ているうちに家業を絶やしたくないという気持ちが生まれ、今ではお店に立っているんですね」

 その6代目が真剣な眼差しで麺を茹でているのが座敷から見えた。1990年代の韓国は飲食業を尊ぶ人が多いとはいえなかった。飲食業はやがてホワイトカラー的な事業を始めるための資金稼ぎの手段であり、一生の仕事ではないという見方が支配的だったのだ。だから、人気食堂に行列を作る日本人は韓国人の目には奇異に映った。1990年代後半、日本に留学していたチョン・ウンスクがよく言っていた。

「日本のテレビは年がら年中、グルメ番組をやっていますね」

 なぜ日本人はこれほど食に執着するのだろうと思ったのだ。そんな意識に変化が見られたのは1990年代後半のIMF通貨危機のときだった。飲食業がスモールビジネスとして評価され始めた。今のようにモッパン(食レポ)が関心の対象になったのはこの十数年のことである。年季の入った店舗と人間ドラマと美味しいうどん。韓国から来たゲスト二人にいい体験をしてもらえた。そんな手応えがあった。韓国のカルククス以上に歯応えのある麺に二人は少し驚いたようだが、もともと日本人以上に固いものには耐性があるので、満足したようだ。

飯能の人気うどん店「古久や」の看板メニュー、肉つゆうどん並780円