■『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017年)、『梟ーフクロウー』のリュ・ジュンヨルと共演
ソウルのタクシー運転手(ソン・ガンホ)がひょんなことからドイツ人記者を乗せて光州に向かい、民主化運動とそれを過剰鎮圧する軍の暴挙を目の当たりにする。凄絶な物語なのだが、食べ物に関係する二つの場面も見ものだ。
ひとつはソウルの運転手と記者と大学生(リュ・ジュンヨル)が、光州のタクシー運転手(ユ・ヘジン)とその妻(イ・ジョンウン)の家で夕飯をごちそうになる場面。
「大事なお客さんなのに、これしかおかずがないのか?」 と、ホスト側の光州の運転手は言うが、お膳には牛肉らしきものの煮物、テンジャンチゲ、南道名物の芥子菜キムチ、サワガニの醤油漬け、どんぐりの澱粉を固めたもの、蓮根の煮物、豆モヤシやホウレン草のナムル、大根の干し葉のスープに山盛りのごはんが載っている。じゅうぶん過ぎるボリュームだ。
「HOT!」 と、芥子菜キムチの辛さにびっくりした記者がみんなに笑いかける。緊張が解け、小さなお膳を分かち合いながらみんなが笑う。とても美しい光景だった。
もうひとつは運転手(ソン・ガンホ)が大衆食堂でククスを食べる場面。小さな娘を一人ソウルの自宅で留守番させている彼は、ドイツ人記者を残して光州を立つ。途中、順天バスターミナルの食堂でククス(そうめん)を頼む。食堂の他の客たちの会話から光州の悲惨な状況が外部に伝わっていないことを知り、さまざまな思いがあふれてくるが、それをククスごと飲み込もうとする。
「お腹が減っていたのね。これもどうぞ」
女将がサービスで小さなおにぎりをくれる。
「美味しいです」
理不尽な目に遭いながらも他者への施しを忘れない彼の地の人々のやさしさにふれた運転手が、本当の意味で田舎の情を知った瞬間である。
■『パラサイト 半地下の家族』(2019年)、気はやさしいが生活力のないアボジを好演
映画の終盤、自尊心がズタズタにされる運転手(ソン・ガンホ)の表情演技に胸が痛むが、前半のダメなお父さんぶりはいつもの彼で安心して見ていられる。
のちに『ドクタースランプ』でハヌルの母を演じるチョ・ヨジョン扮する妻から足蹴にされたり、おやつが買えないのでパンをもそもそ食べたり、息子(チェ・ウシク)から演技指導を受けたりするシーンひとつひとつが可愛らしく、何度観ても飽きない。
■『ベイビー・ブローカー』(2022年)、カン・ドンウォンと二度目の共演
本作のソン・ガンホの演技でカンヌの主演男優賞が獲れるなら、彼の過去作品には国際舞台で通用する演技がもっとあるのに……と思ってしまった作品だ。
ただ、韓国の街の描写に外国人監督(是枝裕和)らしい視点が感じられるので、そのなかにソン・ガンホがいるという意味では新鮮だった。なかでも、地方の安モーテルで縫物をするシーンや、ぬいぐるみを持ったまま夜の商店街を歩くシーンはとくに印象に残っている。
終盤、しんみりするシーンで使われた観覧車は仁川の月尾テーマパークのものだが、本作公開の翌年、NetflixのKゾンビリアリティドラマ『ゾンビバース』では、大変コミカルな使われ方をしているので、その落差を見るのもおもしろいかもしれない。