つまり韓国や中国では、どんぐりは貧困を表す常套句のような気がする。人間、食べ物がなければ、さまざまな物を口にする。おそらくそれは世界共通で、森に入ればどんぐりは落ちているから、生き延びるサバイバルフードのように食べる文化はどこにでもあった気がする。

 逆に考えれば、食べ物があればどんぐりには手を出さないということにもなる。理由は単純で、どんぐりはおいしくないのだ。苦みを抜くのも大変だという。日本はそれだけ食糧に恵まれていたということなのだろうか。

 だいぶ前になるが、僕は韓国の束草(ソクチョ)の宿でどんぐりの料理を出されたことがあった。谷あいの民宿風の宿で、山の珍しい料理といった雰囲気で出された。宿の主人がかたことの日本で説明してくれた。

「韓国では貧しい時代にどんぐりを食べました。石臼で擦って粉にしてね。どんぐりは栗のようにおいしくないから、いろいろと味をつけないと料理にならないんですが」

 宿の主人は台所にあった石臼を見せてくれた。石がむき出しの素朴なタイプだった。

 そこで食べたどんぐり料理は味も覚えていない。おそらく記憶に残らないほどのものだったのだろう。

 しかし知人に訊くと、ソウルにはどんぐり料理の店があるという。健康食志向の店で、MATCHAで耳にした、「昔の食べ物は体にいい」という韓国人の発想が人気を支えているようだった。

 その店に行ってみようと思った。すると別の知人がこういった。

「いまのソウルではどんぐりが話題ですよ。そのきっかけは『となりのトトロ』。日本人が連日、そのカフェの前で列をつくっているそうです」

 ソウルではどんぐりはそんな世界に入ってきているのか。はたしてそのカフェはどんなカフェなのだろうか。

METCHAの明洞店。昼の12時半をすぎると、周辺で働くサラリーマンですごく混む