ソウルを訪ねる日本人が滞在するエリアに変化が起きている。かつてソウルで日本人が集まるエリアは、圧倒的に明洞だった。街を歩いていると、そこかしこから日本語が聞こえてきたものだ。
明洞は韓国ドラマにもロケ地としてしばしば登場している。近作では『涙の女王』。主人公のヒヨヌ(キム・スヒョン)が愚痴をこぼすシーンは、明洞のロイヤルホテルソウルの横の道で撮影された。そこを訪ねるファンも少なくないという。
■ソウルで日本人が多く滞在するエリアが変わった
僕も韓国に行きはじめた頃はよく明洞の近くに泊まった。ホテルを調べていくと、明洞には高級ホテルも多かったが、温泉マークを掲げたモーテル系も多かった。僕はその後、交通の便を考えてソウル駅周辺に泊まることが多くなるが、夕飯となると、圧倒的に明洞の近くだった。ソウル駅から明洞まではそう遠くない。
日本人の多くが明洞に向かったのは、言葉の問題が大きかった気がする。韓国の食堂での注文は意外に難しい。メニューはあるのだが、韓国語に染まっていた。英語表記も少なかった。店員も日本語はもちろん、英語も口にはしてくれなかった。
しかし明洞は違った。メニューには日本語が躍り、日本語を操る店員も多かった。思ったものを食べることができる街だったのだ。
ある店に入ると、半分以上が日本人ということも少なくなかった。僕は仕事柄、日本人の知らない世界に足を踏み込もうとする。日本人客が多い店は敬遠しがちだった。とはいえ、入る店は乙支路や少し足をのばして鐘路界隈。ソウルという街を俯瞰すれば、明洞周辺ということになる。
ドラマ『涙の女王』の撮影よりも数年前、明洞の空気が変わりはじめていた。中国人観光客が多くなってきた頃からのように思う。明洞という街は、日本人に特化した街というより、外国人を受け入れていく街だったわけだ。
しだいに中国人が目立ちはじめる。地下鉄の切符売り場の前では、その日に買った商品を仲間で鞄に詰め替える中国人で埋まっていた。安いモーテルに泊まると、客の大半は中国人の若者たちだったことも何回かある。その種の宿は中国語が幅を効かせていた。
明洞は中国人と日本人が混在する構造に変わっていった。その後、タイやフィリピンからの観光客も姿を見せるようになった。そのなかで、中国パワーに押されたのか、日本人が少しずつ減っていった。ソウルを訪ねる日本人は相変わらず多かったから、滞在エリアが移っていったのだと思う。
どこへ移動していったのだろうか。その話をすると、ソウル在住の韓国人はこんなことをいった。
「日本人の滞在エリアを見ていると、東横インに引っ張られている気がするな。日本から友達がやってきて、もう何回東横インに迎えにいったかわかりませんよ」
東横イン──。日本語が通じ、宿泊代もリースバブルということが、日本人が選ぶ理由のようだった。現在、ソウルやその近郊には5軒の東横インある。はじめにできたのは仁川の富平で2007年。つづいて東大門が2009年。江南には2018年にはオープンしている。ソウルに住む日本人によると、江南の東横インの存在感は強いという。
「明洞から東横インに引っ張られて東大門、そしていまは江南じゃないかな」
日本人の滞在先は、明洞から漢江を渡り、江南に移ってきたという。