韓国料理の食材に「トック」がある。餅である。日本の普通のスーパーでも売られているようで、僕も家で食べた記憶がある。

「これトック?」

「そう、韓国の。スーパーで売っていたものだから」

 妻との会話は覚えているのだが、トックをどのようにして食べたのか……その記憶が欠落している。

トッポッキを知るために、トッポッキタウンに行ってみる

 トックは存在感が薄い素材だと思う。その形は円柱形で、機械を使ってつくった感が強い。日本の餅も機械でつくっているはずだが、それがわかることに後ろめたさがあるようで、手づくり感を出そうとしている。しかしトックにはその意識がない。存在感の薄さを自認しているように思えてしまう。

 トックを使った韓国料理にトッポッキがある。トックをコチュジャンや砂糖でつくったたれで煮込んだ料理で、韓国屋台料理の代表格である。もっともいまは、地下鉄駅の通路などにある小さな店に置かれていることが多い。

 ある国を好きになると、その国の料理のすべてが絶品になってしまうようなところが人にはある。韓国ファンにしても、トッポッキのおいしさを絶賛する人がいる。しかし韓国人にしたら、どこかこそばゆいような感覚をもつらしい。知人の韓国人はこういった。

「トッポッキはそんな料理じゃないですよ」

 今年、日本が大好きなタイ人と東京で会った。彼女は会うなり、こんな話をした。

「昨夜、小腹がすいてコンビニで稲荷ずしを買って食べたんです。ものすごくおいしい。最高の日本料理じゃないですか」

 僕は素直に頷けなかった。稲荷ずしはおいしいが、「最高の……」といわれると、素直に同意できなくなってしまう。韓国人にとってのトッポッキはそんな存在ではないかと思うのだ。日常に溶け込んでいるが、存在感は強くない。

 韓国ドラマでもトッポッキを食べるシーンはしばしば登場する。学生時代、学校帰りに友達とトッポッキを分けあう回想シーン。夕方、会社の同僚と上司の悪口をいいながら串刺しのトッポッキを食べる場面……。

 人気シリーズ『ユミの細胞たち』シーズン1は、そのタイトルに惹かれて観た。キム・ゴウンアン・ボヒョンらが出演している。このドラマにもトッポッキを食べるシーンがよく登場したはずなのだが、僕はそのシーンの記憶がない。あたり前の光景だからのような気がする。

 それは僕にとっての稲荷ずしへの感覚に近い。稲荷ずしというと、郷里のかき氷屋を思い出す。そこの稲荷ずしはカラシ入りだった。母がつくった稲荷ずしの味も、記憶の底に消えずに残っている。

 韓国の人たちにとって、トッポッキはそういう料理のような気がする。料理紹介ブログのようにその味を語っても、トッポッキの一部しか紹介することはできない。トッポッキは韓国人の舌ではなく、心の裡にしまわれている料理のように思う。

 ソウルにトッポッキタウンがあるという。なんでもそこには、トッポッキの店が7~8軒集まっているようだった。これは韓国人と行かなくてはいけないと思った。一緒に行けば、韓国人の心の裡にあるトッポッキの片鱗がわかるかもしれない気がした。

 トッポッキタウンは、新堂洞(シンダンドン)にあるという。そこへは東大門から歩いて行けるようだった。

新堂洞トッポッキ飲食街の入口にはこんなアーチが。なにか特別のエリアに入っていく気分になる