今年の4月、ソウル・明洞に韓国最大手のヘルス&ビューティ店「OLIVE YOUNG(オリーブヤング)」の「セントラル明洞タウン」がオープンした。地上3階のビルがすべてオリーブヤングだ。
それから約1か月後、その近くにユニクロが再オープンした。ルメリディアン・ソウル明洞の1階から3階に入った。売り場面積は3255平方メートルとか。韓国では最大の店舗だという。
韓国のメディアでは、この動きが大々的に報じられたという。
「明洞復活か……」
ソウル在住の日本人の女性の知人は、明洞に出かけたついでに、この2店をのぞいてみたという。そしてこんな感想を伝えてくれた。
「いままでの明洞の店とはどこかが違うんです」
新しい明洞をつくりあげようとしているのだろうか。
外国人旅行者にとって明洞は馴染みの深い街だ。かつて日本人旅行者の多くが、食事をするために明洞に店に入った。日本語のメニュー、日本語を理解してくれる店員……。それ以外の街では注文もままならなったからだった。
僕もそんな経験を積み重ねてきた。明洞に集中する日本人客の間では自分の居場所がみつからず、ほかの街の食堂に入るのだが、注文のときに天を仰ぐことが何回もあった。テーブルに置かれたり、壁に掲げられるメニュー。そこにあるのは韓国語だけなのだ。とりつくしまもなく、店員さんに声をかけるのだが、英語を口に乗せるとそこで会話は止まってしまった。韓国での注文の壁はあまりに高く映った。
ほかのアジア圏ではなんとかなることが多かった。台湾や香港、そして中国は、言葉で注文はできないものの、漢字を理解することができた。
東南アジアの人たちは開放的で、カタコト英語を間違いなど気にせずに話してくれた。単語がわかることが多く、なんとか料理を注文することができた。
しかし韓国の店員さんたちは、日本人と同じで、間違った英語を話す前に口を閉じてしまう。テーブル越しに沈黙の空間が生まれ、互いに気まずい感を意識する。しかし僕はお腹が減っていたし、店員さんは注文を受けることが仕事だ。僕は困り、それがなんなのかもわからないまま、メニューを指差した。
いったいなんの料理が出てくるのか。スリリングな時間だった。
しかし明洞にはそれがなかった。外国人に特化した街だった。自然とこの街に足が向いてしまうのだった。
そんな時代から10数年──。明洞をとり巻く空気は大きく変わっていった。まず、経済的な影響もあり、日本人観光客が減っていく。代わって急増したのが中国人だった。一時の明洞は中国タウンの様相をみせていた。
そこではじまったのがノージャパン運動だった。日本製品の不買運動である。そこに新型コロナウイルスの蔓延が重なっていく。明洞の日本離れは決定的になった。日系の店は売りあげの減少に悩む。そして2021年、日系店の象徴でもあったユニクロが撤退する。
コロナ禍の嵐がすぎ、韓国では政権が代わってノージャパン運動も下火になっていく。外国人観光客は戻ってきたが、その顔ぶれは大きく変わっていった。日本、そして中国といった特定の国の街というイメージは薄れ、さまざまな肌の色の人たちが明洞を埋めるようになっていった。しかし明洞に店をもつ人たちの顔は晴れなかった。以前のような売りあげには戻らなかったのだ。
理由はわかっていた。韓国の若者が明洞を敬遠していたのだ。彼らのなかには、「明洞は高い」という感覚が定着していったという。外国人向きの街という歴史を重ねるなかで、「明洞は高い」という認識が韓国で広まっていってしまった。明洞のブランドイメージも色あせていく。
代わって台頭してきたのが、江南、弘大、蚕室、聖水といったエリアだった。ネットで購入していく流れもそこに拍車をかけていく。