2026年12月17日、アシアナ航空は大韓航空に統合される。統合というと、2社が同格関係でひとつになるように受け止める人もいるかもしれないが、大韓航空がアシアナ航空を吸収する形の統合である。
アシアナ航空は不運な航空会社だ。韓国の財閥のひとつである錦湖(クムホ)アシアナグループの中核企業だったが、財閥の財政悪化のなかで、アシアナ航空の売却が決まる。現代(ヒョンデ)系企業が手を挙げ、売却話はスムーズに進むかに見えた。しかしそこを新型コロナウイルスが襲う。
■大韓航空に吸収されるアシアナ航空、その影響は?
どの航空会社も先行きが見えなくなるなかで、アシアナ航空の売却話は白紙に戻ってしまう。そして政府主導で大韓航空への吸収合併が決まった。もし、コロナ禍がなかったら、いまもアシアナ航空は普通に就航していたはずである。
しかしもう後戻りはできない状況で、今年に入り、統合は粛々と進んでいた。
9月10日、アシアナ航空に乗った。東京ーソウル、ソウルーバンコクというルートである。東京ーソウル間は深夜便だった。午前1時台に出発し、4時台に仁川国際空港に着く。つらい時間帯のフライトにもかかわらず、ほぼ満席だった。半分以上は中央アジア系の人だった。隣に座った男性は、「タシケントに帰ります。大韓航空も飛んでいるけど、アシアナ航空のほうが安かったんで」と話していた。
ソウルからバンコクに向かうアシアナ航空便に乗り継いだ。搭乗口で案内を見ていると、フライト表示がアシアナ航空と大韓航空になっていた。共同運航便になっていたのだ。共同運航は通常、同じアライアンス(連合)のなかで行われる。アシアナ航空と大韓航空は違うアライアンスに属している。その共同運航……。統合はそこまで進んでいた。飛行機に乗り込み、おしぼりが配られたが、それは大韓航空のおしぼりだった。
アシアナ航空は1988年に就航をはじめた、その前年、盧泰愚(ノ・テウ)が民主化宣言を発表している。そこに盛り込まれた大統領の直接選挙が翌年に行われ、盧泰愚は大統領になる。軍事政権から民主主義体制へ……。それが1988年だった。
その年、ソウルではオリンピックが開かれた。韓国が国際化を一気に進めた年でもあった。
アシアナ航空は民主化と国際化の象徴のような航空会社だった。その気運のなかで、アシアナ航空は存在感を強めていく。