■世運商街と周辺の町工場の実像は?
映画やドラマでは、それらしく見せることが何より大事だから、黒と灰色の世界で、残忍な取り立て屋やスパイ、武器商人を暗躍させようとするのはしかたのないことだ。
しかし、頻繁に工場街を歩き、町工場で働いている人たちと飲んで語っている私は声を大にして言いたい。実際の工場街は、よく働き、よく飲み、よく笑う人たちの園であると。
私が日本からの旅行者を対象に行っている酒場ツアーでは、よく世運商街や工場街の近くのシュポ(一杯飲める食料雑貨店)を利用する。
人情女将のいるシュポで飲んでいる工場主や職人さんたちには、人の心の痛みがわかる苦労人が多い。私の連れが日本人だからといって歴史認識をネタにからんだりするどころか、乾杯を重ね、飲んだり歌ったりして盛り上げてくれる。ときにはおごってくれることもある。
幸い、ここ数年のニューレトロ(レトロモダン)ブームによって、工場街のイメージは変わりつつある。
世運商街脇の空中歩行路の完成によって、工場街が一望できるようになり、スマホで撮影に興ずる若者が増えた。韓国の高度経済成長を支えてきたのはサムスンやLGなどの大企業だけではないことまで、彼らにわかってもらえたらもっとよいのだが……。
また、ここ数年は工場街にある一軒の大衆食堂がテレビで取り上げたられたのをきっかけに、食堂の前の路地に置かれた簡易テーブルで豚肉を肴にソジュやビールを飲む人が爆発的に増え、ホットスポットの仲間入りをした。その近くには、町工場によくある名前にあやかった「乙支精密」というカフェバーもでき、人気を呼んでいる。
日本のみなさんにも、黒ずんだ町工場に対し新たな視点をもってもらえたら、うれしく思う。