ソウルのトレンドは、北から南に移りつつある。それは日本人観光客も同じ。かつでは昼となく夜となく明洞周辺に向かった日本人観光客も、いまは漢江の南側の江南周辺を歩く人が増えてきた。だが、ひと口に江南といっても広い。地下鉄の江南駅周辺の江南大路は、どこか東京の銀座のような街並みに変わりつつある。そのあたりから、「江南は高級」というイメージができていったのかもしれない。

 しかし江南はさまざまな顔をもつ。江南大路に沿って建つのはオフィスビル。江南はオフィス街という一面もある。

■ソウル江南で働く人たちが集まる飲食店街、つぶ貝鍋を味わう

 江南の街で働く人たちの胃袋を支えているのいが、シンノンヒョン(新論●、●の漢字は「山」へんに「見」)駅周辺に広がる飲食店だった。そこに足を踏み入れると、明洞とは違う空気感が伝わってくる。

 明洞は日本人をはじめとする外国人観光客を意識しているが、シンノンヒョン駅周辺の店にはそれがない。あくまでも韓国人の街。高級店もあるが、周辺で働くサラリーマン向けの店が多い。値段もリーズナブルなのだ。

 日本人の間のシンノンヒョン人気もそのへんにあるという。韓国の庶民の味を楽しめるのだ。高級感がある江南駅周辺から10分も歩けば、韓国人の世界。といってもドローカルというわけではない。店のレベルは低くない。

 知人と連れ添い、つぶ貝鍋(コルベンイタン)の店に入った。広い店ではなかったが、10個ほどのテーブルは、周辺で働くサラリーマンのグループで埋まっていた。

 頼んだつぶ貝の鍋が出てきた。大粒のつぶ貝(コルベンイ)がごろん、ごろんと入っている。日本ではあまり目にしないサイズだった。ムール貝も入っている。スープは茶色系。貝の鍋といえば、ワンシムニ(往十里)駅界隈が知られている。そこで食べた貝の鍋は、やや白濁したスープだった。絶妙の辛みが効いていた。少し違う。

 つぶ貝鍋のスープを啜ってみた。醤油系だろうか。なにか別の香辛料も入っている。仄かに伝わる辛さは、ワンシムニの貝の鍋に通じるものがあった。

 さて、これをどう食べる? 知人によると、火が通ったらつぶ貝をとり、楊枝かフォークの先で、貝をとり出して食べるのだという。サザエのつぼ焼きを想像した。楊枝を刺し、貝をまわすように中身をとり出すわけだ。サザエのつぼ焼きは、醤油や酒でつくったたれを貝のなかに流し入れて焼くが、韓国のつぶ貝はなにもしない。鍋のスープが貝に入り込み、いいバランスになっているのだという。

 つぶ貝を手にとり出してみた。意外に簡単につぶ貝の中身がつるんと出てきた。サザエよりうまくいく感覚だった。

 日本人は鍋と耳にすると、メインの食材以外に多くの野菜が入る料理を想像する。しかしつぶ貝の鍋は、あくまで貝が中心。とり出した貝の身を食べながらソジュ(韓国焼酎)を飲む。これが実に合う。鍋を食べるというより、貝を肴にソジュを飲むという感覚。いや、ソジュを飲むために貝を食べるという空気に包まれていく。そういう鍋だった。

 貝がメインというと、なにか物足りない気になるかもしれないが、つぶ貝はかなり大きいので食べ応えはある。量は少ないが野菜も適度につまみながらソジュを飲んだ。

 大方食べ終わると知人がメニューを見ながらこういった。

「つぶ貝鍋は最後にを入れるんですが、この店は普通の麺とキムチ入りの麺があるようなんです。どちらにします?」

 スープの辛みとキムチの辛みがぶつかってしまうような気がして、普通の麺を入れることにした。

つぶ貝の鍋に麺のセットを入れる。麺はうどんに似ていた