朝鮮王朝の22代王であったイ・サン(正祖/チョンジョ)は、韓国時代劇『赤い袖先』の主人公になっている。イ・サンに扮したジュノ(2PM)の名演技は素晴らしかった。また、イ・セヨンが演じた宮女ソン・ドギムとの切なくも美しいロマンスはとても抒情性があった。

『赤い袖先』は内容的に高く評価されて、大ヒットを記録した。しかし、『朝鮮王朝実録』などの史料が語るイ・サンの人生は、血と恐怖にまみれた過酷なものであった。

■大ヒット韓国時代劇『赤い袖先』主人公イ・サンの最期は、果たして病気によるものなのか、それとも毒殺されたのか?

 イ・サンの生涯の多くは、暗殺者への恐怖に抗う過酷な歳月だった。その苦難の始まりはわずか10歳のとき。実父の思悼世子(サドセジャ)が、祖父に当たる21代王・英祖(ヨンジョ)の厳命によって、米びつの中に閉じ込められて餓死してしまった。

 朝鮮王朝における最も凄惨な悲劇と称されるこの大事件は1762年に起こっている。まだ幼いイ・サンは「大罪人の血筋」として危険視され、いつ命を落としてもおかしくない境遇へと追いやられた。

 そんなイ・サンを敵視する老論(ノロン)派は、妨害工作を繰り返していた。それは、イ・サンの即位を絶対に阻止するためだった。

 それでも苦難を乗り越えて、1776年にイ・サンは即位した。晴れて君主となった後も事態は好転するどころか、ますます老論派の策略が過激になっていった。

 即位2年目の1777年には、王宮の最深部であるイ・サンの寝室の屋根に刺客が潜伏するという、空前絶後の王宮襲撃事件が勃発した。これだけでも、イ・サンがいかに「一寸先は闇」という極限状態の中で国政を動かしていたかがわかる。

 やむをえず、イ・サンは就寝時でさえも、いつも着ていた服を脱がなかったと語り継がれている。すぐに逃げ出せるように身を整えていたのである。これでは、本当に神経が休まらない。その精神的なプレッシャーは並大抵ではなかった。

 それにも負けず、イ・サンは政治的に卓越した功績を残した。反対勢力の凶刃に戦慄しつつも、不屈の闘志を燃やしていたのである。