■新たな怨霊が取り憑き空中浮遊ってどういうことよ!

葛飾北斎の描いた祐天上人。なんかすごいパワーがブワーっと出てます

 だが事件はこれで終わらない。この約1カ月後、今度は「助」が取り憑き、体が赤く発熱し目玉は飛び出し、床から一尺(約30センチ)も浮き上がってもがき苦しむ菊。もう映画『エクソシスト』のリーガンも真っ青の超常現象だ。

 ただ、最強のエクソシスト・祐天は慌てず騒がず、またも菊の髪を掴んで床に押し付ける(ホント、かわいそうな菊)。取り憑いた霊に問いただして「助」と判明。数十年にわたる事件の詳細が助や村人の口から明らかになると、号泣しながら祐天が助の霊に戒名を与え、最後は村人ともども念仏の大合唱(?)で成仏させるというスペクタクルなフィナーレ。

 かなり端折って、かつ演出過剰な説明だが、『死霊解脱物語聞書』を読んでいただければその熱量に圧倒されること間違いない。刊行された元禄3年(1690)当時も、この奇譚を読み聞きした人々は祐天をスーパーヒーローと崇めたことだろう。実際、祐天寺に残る記録を見ると、この当時の祐天は牛嶋(現在の墨田区)に隠棲しつつ、布教と修行のため全国を巡っていたのだが、各地で悪霊祓いを懇願されている。

■静かな古刹で祐天上人のご利益をいただく

 没後に書かれた伝記や各地に残る伝説では「地蔵菩薩の化身」とも崇められた祐天上人。その一方で、当時は民衆からの人気にやっかんでか「学のないただの拝み屋」だの「真っ当な僧侶ではなく呪術師」などと批判もされたが(なお、現在でもWikipediaでは「呪術師」と紹介w)、少なくとも数十年、学僧として研鑽を磨きつつ、怨霊や悪霊、あるいは自ら招いた因縁に苦しむ人を救い続けたのは間違いない。

 また、安倍晴明や弘法大師のような伝説の向こうの存在と違い、累ヶ淵の事件のようにはっきりと記録が残っているところも(多少、演出はあるだろうが……)、「(伝説だけじゃない)日本最強のエクソシスト」の名にふさわしい存在だ。

 そんな祐天上人を祀る寺院で、人々を救う情熱を感じるもよし、江戸の人々のように霊的スーパーヒーローのご利益をただただ願うもよし、新年を迎えた記念に足を運んでみてはいかがだろう。

 

参考文献
『江戸怪談を読む 死霊解脱物語聞書』小仁田誠二、広坂朋信/白澤社・現代書館
『増補版 江戸の悪霊祓い師』高田衛/角川ソフィア文庫