■都落ちした財閥副会長をホッとさせたマッコリ

 第9話に、ヒョヌの父(チョン・ベス)とクイーンズ財閥副会長(チョン・ジニョン)が、田園風景をバックにあずまやでマッコリを飲むシーンがあった。 つまみはザルに乗ったパジョン(ネギのチヂミ)、魚の干物、ピーナッツなど。

「午前中の野良仕事を終えて、ここでマッコリを飲むのが最高なんですよ」

 ヒョヌの父は副会長にあれこれ気をつかい、マッコリをすすめるが、副会長の表情はさえない。汗水流して働いている者とモノやカネを右から左に動かして稼いでいる者の残酷な対比である。

 しかし、乾杯のあと副会長がマッコリを一気に飲み干し、「あ~っ」と気持ちよさそうな声を上げたことでその場は和む。二代目経営者らしく本来は争いごとが嫌いな副会長が素に戻れた瞬間だ。

筆者が慶尚北道・醴泉郡の酒場で飲んだマッコリとパジョン
全羅南道の蓋島(ケド)で見かけたあずまや

■『涙の女王』財閥一家と農村一家の関係をフラットにした庭の縁台

『涙の女王』でもっとも美しかったのは、第9話で財閥一家と農村一家が庭の縁台でいっしょに食事した場面だろう。

 縁台は韓国語で「ビョンサン」。屋外で飲み食いしたり、休憩したり、農作物を干したり、キムチを漬けたりするときに使われる。ソウルなど都会ではなかなか見られなくなったが、下町や郊外のシュポの前でたまに見ることができる。

 ヒョヌの母の手料理が並べられた縁台で会食が始まったが、都落ちした財閥一家は意気消沈しているし、それを受け入れなければならない農村一家もなかなかリラックスできない。
しかし、副会長がテンジャンチゲをすすって、心から「おいしいです」と言うと雰囲気は和む。そのあと、

 ヘインの弟(クァク・ドンヨン)が空気を読まず、「食欲がない」とか「ミネラルウォーターがほしい」と言って場を白けさせるが、縁台での会食は二つの家族の距離を縮めるのに必要な儀式だった。

 その後も、縁台は二つの家族の交流の場として何度か登場する。縁台はその形状通り、フラットな人間関係を醸成する場なのだ。

 後半は、財閥一家と農村一家の対比が物語の核になった『涙の女王』だが、結局、干潟で膝まで泥につかって働いていたヒョヌの母を筆頭とする農村一家の完全勝利だったところが痛快だった。地に足が着いた者たちの面目が躍如としたのだ。

田舎に行くとバスターミナルの待合室に縁台が置いてあることも