僕の視線は宙を舞っていたのかもしれない。それを見た韓国人は、「つくり方がわからないで困っている」と誤解したようだった。大きなお世話なのだが、知人に悪意はない。

 僕はご飯とマグロの刺身、海苔などを別々に食べようと思っていた。小皿に醤油をとり、そこにわさび……。つまり、日本のマグロ丼のように食べようと思っていたのだ。

 しかしテーブルの上は、抗えないソウルの空気が流れていた。刺身丼はコチュジャンを加え、さらにご飯を投入して、つまり、刺身ビビンバと呼んでもいいような代物にして食べることになんの疑問も差しはさめないという空気……。知人は日本語も堪能で、日本にも暮らしていた。日本の刺身の食べ方は知っているはずだが、刺身丼を前にすると、韓国人というスイッチがプチンと入ってしまうようだった。

 こういう無邪気な発想にはなかなか抗えない。僕は押し切られてしまった。というより黙っているうちに、僕の刺身丼は彼の前に移され、彼は嬉々としてコチュジャンをかけ、ごま油を加えて混ぜはじめてしまった。そしてご飯を投入し、さらに、しつこいぐらいに混ぜつづける。

「僕好みの味なんで、ちょっと食べてみてください。調整しますから」

 そういうと彼は混ぜ終わった刺身丼を少しスプーンにとり、僕に渡してくれた。

「食べたくもない混ぜ混ぜ刺身丼を味見する?」

 僕は少し困ったが、流れは止められない。そのスプーンを受けとり、口に運んでみた。全体に生ぬるい。刺身も仄かに温かい。

「……?」

 いけるのである。僕が食べようとしていた刺身丼とは別世界の料理に仕あがっていたが、妙な一体感が舌に届く。

「これだったのか……」

 しかし食べはじめてしばらくすると、スプーンを動かす手が止まってしまった。

 その話は次回に。(つづく)