僕はグルメとか美食家といわれるタイプではない。だから料理の原稿を書くことが苦手だ。しかし僕の周りには、実においしそうに料理を表現できる人がいる。そういうタイプの人は、一緒に食事をするとよくわかる。食べはじめると、その世界にぐーッと入り込んでいく。どことなく目つきも変わるような気がする。その資質の違いに、コンプレックスを抱いていた。なにか生きていく楽しみが、僕にはひとつ欠けているような気にもなる。
■Netflix『隣の国のグルメイト』でソン・シギョンが語った平壌冷麺の味わい
Netflix配信中の『隣の国のグルメイト』を観た。これは韓国の人気歌手であり美食家で知られるソン・シギョンさんと、『孤独のグルメ』でおなじみの日本人の俳優、松重豊さんが、韓国と日本のグルメを食べ歩くバラエティ番組だ。
同番組のシーズン1の8話は冷麺だった。ソンさんの案内で、ソウルの忠武路にある冷麺店『筆洞麺屋』を訪ねている。平壌冷麺では有名な店だ。そのなかでソンさんはこんな話をしている。その内容を僕なりにまとめるとこうなる。
──子供は甘い、辛いといった直接的な味に反応する。しかし大人は少し違う。この店の冷麺を食べたとき、「これはなに?」と思う。そこから自分で味の探求がはじまる。なんだろう、この味は……と考えながら10回ぐらい食べると、この味が麻薬のように記憶されていく。それがグルメの食べ物らしい料理になる。
一緒に食べる松重さんがフォローする。
「味がしないっていう人がいるのはわかる気がする。味が奥深くて繊細なんです。なかなか言葉ではいい現せない」
僕はグルメとは料理を口にしたとたん、グルメ細胞が化学反応をおこし、評価の言葉が生まれる人かと思っていた。しかしソンさんの話は違った。
「これはなんだろう……と悩みながら、何回も食べる。そのうちに忘れられない味になっていく。それがグルメの食べ物」
なんだか救われたような気がした。美食家といわれる人が皆、この道を踏んで料理の評価に辿り着くのかはわからない。しかし料理の味を探求するのに値する料理がグルメ料理という話は、一発で料理の評価ができない僕にはありがたかった。
冷麺──。韓国では数えきれないほど食べている。韓国で食べる冷麺は平壌冷麺とビビム麺ともいわれる威興(ハムフン)冷麺がある。どちらも日本の焼肉店で食べる冷麺とは少し違う。
威興冷麺は食べてみるとすぐにわかる。コチュジャンとかヤムニョムジャンといった味ががつんとくる。そこへいくと平壌冷麺の味は穏やかだ。日本のそれのような甘酸っぱさがあまりない。しかし僕はその味の探求もせずに、平壌冷麺とはこういうもの……という感覚で啜っていた。
まあそこが美食家との境界なのかもしれないが、たぶん、僕が口にしてきた平壌冷麺はそれほど本格的につくっていなかったのかもしれない。
これは仕切り直しをしないといけないのかもしれない、と思った。味の探求に値する冷麺を10回は食べよう……。
そんな僕の思いを、ソウル在住の知人に伝えると、江南にある平壌冷麺の店を案内してくれた。なんでもミシュランに何回も選ばれている名店だという。これはグルメ料理として食べてみるには適当な店かもしれないという気がした。