この冬はソウルで雪を見る機会が多い。朝、窓の外に一変した景色を見るのは、わるくない一日の始まりだ。ソウルは日本の新潟とほぼ同じ緯度なので雪深いと思われがちだが、寒さのわりには雪は積もらない。雪害も日本の北国のように深刻ではないので、ソウルっ子は雪に対して情緒的になりやすい。

 今回は雪景色が印象的な韓国映画をいくつか振り返ってみよう。外出がおっくうになるこの季節、暖房の効いた部屋でこんな映画を観るのもいいだろう。

韓国の雪景色といえば、やはり江原道。写真は軍事境界線に近い楊口(ヤング)で撮影

キム・ヒエ主演『ユンヒへ』(2019年/イム・デヒョン監督)

 母ユンヒ(キム・ヒエ)宛ての手紙を見てしまった高校生の娘セボム(キム・ソヘ)は、その文面に自分の知らない母を見つけ、母に手紙のことは知らぬふりをしたまま差出人のジュン(中村優子)が暮らす北海道小樽への旅をもちかける。セボムに強引に誘われるかたちで旅立つユンヒ。真冬の小樽は一面銀世界だった。

 人にはさまざまな事情がある。すべてをさらけ出すことなく、雪に降られるなら降られるまま白いベールをまとって生きて行ってもいい。そんなメッセージを感じる物語だった。ジュンのおば(木野花)の「雪は、いつ止むのかしら」のセリフも暗示的だ。

 韓国映画はすべてをむき出しにして人と人とがぶつかり合う物語が多くてちょっと苦手。そんなふうに思っている人にぜひ観てほしい。

 私は日本の関東、中京、関西、東北、九州、対馬、沖縄には行ったことがあるが、北海道は未踏だ。この映画を観て、本気で雪の札幌や小樽に行ってみたくなった。

映画『ユンヒへ』の終盤、主人公(キム・ヒエ)が訪ねた韓定食の店。ソウル景福宮駅の西側に実在する。青龍映画賞2冠に輝いた『ユンヒへ』は動画配信サービスで視聴できる

キム・ミニ主演『川沿いのホテル』(2019年/ホン・サンス監督)

 私が住むソウルの東のはずれからそう遠くない京畿道南楊州市にある漢江沿いのホテルに、二組の客が滞在する。

 一組は傷心の若い女性(キム・ミニ)と彼女を慰めにきた先輩(ソン・ソンミ)。二人は部屋でワインを飲んだり、抱擁し合ったり、ひとつのベッドで眠ったり、雪道を歩きながら、「私たちのために積もったみたい」と言ったりする。

 もう一組は詩人(キ・ジュボン)とその息子たち(クォン・ヘヒョユ・ジュンサン)。昼間はホテルのカフェで店員とおしゃべりしながらコーヒーを飲んだり、川沿いを散歩したり、夜は外の食堂でマッコリを飲んだりする。

 映像はモノクロだ。ホン・サンスの映画にしては珍しく、人と人、音楽と風景のあいだに不協和音がなく、カメラワークの違和感もない。ところどころで流れるせつないピアノの曲と雪景色、そして、キム・ミニとソン・ソンミの美しさを、頭をからっぽにして愛でることができる映画だ。

ペ・ヨンジュンソン・イェジン主演『四月の雪』(2005年/ホ・ジノ監督)

冬のソナタ』ブームからのペ・ヨンジュン人気を受け、満を持して撮影された作品。江原道の東海岸に面した三陟(サムチョク)の雪景色のなかで、道ならぬ恋の不幸によって出合った二人(ペ・ヨンジュンとソン・イェジン)が道ならぬ恋に落ちていく話だ。

八月のクリスマス』や『春の日は過ぎゆく』でホ・ジノ監督のファンになった自分は、本作への期待が大きかったのだが……。それはさておき、当時30代前半のペ・ヨンジュンと20代前半のソン・イェジン(『愛の不時着』)の麗しいこと。傷ついた二人の心が通じ合っても、それは一気には燃え上がらない。この映画の雪は二人の感情にブレーキをかける役として大変効果的に使われていた。

 ワールドカップを成功裡に終え、韓流にも火が付き始めた2005年だが、その数年後に我が国の西洋的洗練が加速するなど想像もできなかった。二人が滞在した三陟の宿も、今ではあまり見られない野暮ったさ、殺風景さが逆に印象に残る。

 ラストで、運転席と助手席の二人が車窓の雪を見つめながら交わす言葉が、この映画の唯一の救いになっている。

「私たち、どこへ行くの?」

「どこへ行こうか?」

江原道・麟蹄(インジェ)、鱈の干し場の雪景色
慶尚南道・清道(チョンド)の市場の雪景色。ぶら下がっているのはメジュ(味噌麹)