ソウルでデパートを経営する財閥の娘ヘイン(キム・ジウォン)と、地方の果樹園の息子ヒョヌ(キム・スヒョン)の格差婚ラブストーリー涙の女王』。

 韓国tvNの視聴率は20%超で同局1位『愛の不時着』の記録に迫るほど大好調、Netflix配信を通じて世界的にも大ヒット中だ。キム・スヒョンは、本作で第60回「百想芸術大賞」TV部門の男性最優秀演技賞にノミネートされている。

 その『涙の女王』第1話で、ヒョヌの母親チョン・ボンエ(ファン・ヨンヒ)が初めて登場したシーンをご記憶だろうか?

■『涙の女王』キム・スヒョン演じるヒョヌの母は「干潟でイイダコを捕まえていた」

『涙の女王』第1話、田んぼで故障した耕運機を妻に直してもらった夫ヒョヌの父ペク・ドゥグァン(チョン・ベス)が村人に言う。

「ウチの女房は全羅道・筏橋(ポルギョ)の干潟で耕運機を操り、イイダコを捕まえていた女なんだ。すごいだろ!」

 村長も務める彼は、次の選挙での再選を目論み、村人たちに好印象を与えるのに忙しい。

「果樹園やシュポ(食料雑貨店)の仕事で忙しいのに何が再選だ? 村長なんか辞めちまいな!」

 体面より目の前の稼ぎを優先するボンエが吐き捨てる。二人は夫婦なのだが、頼りない息子と強い母のようにも見える。

 果樹園で梨を栽培しているところから見て、ヒョヌの実家のある龍頭里(ヨンドゥリ)は全羅南道の梨の名産地、羅州辺りがモデルと見てよいだろう。内陸にある羅州の農家のボンボンが、南の端の筏橋邑から嫁をもらったかっこうである。

 このシーンを見ただけで、ボンエがこの格差婚ドラマのキーパーソンであることがわかる。息子の結婚相手が財閥のお嬢さんだけに、磯や土の匂いのするキャラはコントラストを鮮明にするために必要だからだ。

 韓国人なら、干潟で働いていたというだけで、ボンエが昔も今も苦労人で生活力旺盛であることがわかる。

 筏橋の干潟で働いていた母と言えば、映画『熱血男児』で、ヤクザ者の主人公ジェムン(ソル・ギョング)の敵役の母チョムシム(ナ・ムニ)を思い出す。干潟に浮かんだ小舟の上で、裏街道を歩くジェムンを諭すようにチョムシムが次のように言うシーンがあった。

「女は墓に入るまで干潟で泥に浸かって働くんだ」

 ふだんは悪態ばかりついているジェムンが、珍しく神妙な顔で聞いている。干潟の風景は一面灰色で憂鬱だが、西側や南側を海に接する全羅道らしい風景だ。滋養豊かな貝や手長タコ、ムツゴロウなどを産し、そこで働く人の多くが女性であることから、干潟は全羅道の母性を象徴する風物といえる。