取材で釜山を訪ねたことがあった。ガイドブックの取材ではないので、その必要はなかったのだが、カメラマンは写真の構成を考えて、サンナクチを加えたいといった。サンナクチというのは、生きたテナガダコ料理である。日本ではタコの踊り食いといわれている。

 観光客にも人気のチャガルチ市場に出かけ、そこでサンナクチを頼んだ。日本人客も多い店のようで、店を切り盛る中年女性は、テーブルに置かれたサンナクチを「こうして食べるのよ」と食べ方を指南してくれた。出てきたサンナクチにはすでにゴマ油がかけられていて、ゴマもまぶしてあった。女性はそこに多めのコチュジャンを投入。箸でぐりぐりと混ぜはじめた。

「このコチュジャンは酢が入っているんです。とてもおいしいですよ」

 流暢な日本語でそう説明してくれた。その間も手は止まらない。何回も丁寧に混ぜ合わせていく。

 女性には申し訳ないが、僕の好みとしては、コチュジャンで混ぜるのではなく、醤油とわさびがほしかった。2~3センチに切られ、まだ動くタコの足を箸で挟み、わさびを載せ、醤油をつけてつまむように少しずつ食べる。酒の肴にはもってこいではないか。しかしそういう食べ方は許されない空気がその店にはあった。とにかく混ぜる……。それもじっくり混ぜる。そこまで混ぜなくても……と思うほどに混ぜる。

 しかしふと思うのだ。なぜ、そこまで混ぜなければいけないのか。それは韓国料理についてまわる謎だった。

(つづく)

日本の博多からの船から眺める釜山。釜山で刺身を食べる日本人は多いのだが