他のテーブルを見ると、ほぼ全員がクッパのほかにスユク(茹で豚肉)を頼んでいる。これを食べると甘く白い例のやつが飲みたくなる。迷いもせずマッコリを頼む。

 脂身のない部分なのに、肉がやわらかい。旨い。香りがいい。ただの茹で豚肉がなぜこんなに旨いのか。香ばしさが口中から消えぬ間にマッコリを流し込む。

『ハルメクッパ』のスユク(茹で豚肉)

『ハルメクッパ』自体がすでに傾斜地にあるのだが、その西側斜面のタルトンネ(直訳=「月の町」)は植民地支配と太平洋戦争、そして朝鮮戦争に翻弄された国民画家イ・ジュンソプが住んでいた町だ。数年前からここがイ・ジュンソブ通りとして観光地化され散歩コースになっている。

 イ・ジュンソプと日本人妻、山本方子さんの物語は日本のドキュメンタリー映画『ふたつの祖国、ひとつの愛』(酒井充子監督)に詳しく描かれている。

イ・ジュンソプ通りには彼の絵をモチーフにした作品が飾られている
イ・ジュンソプ通り周辺のタルトンネ

 韓国ドラママイ・ディア・ミスター~私のおじさん~』でヒロインのイ・ジアン(IU)が住んでいた場所として注目されたタルトンネだが、釜山旧市街は海が近いところ以外、ほとんどがタルトンネと言ってよい。

 もともとは朝鮮戦争で全国から押し寄せた避難民がトロ箱の板で作ったバラック小屋を建てて住んだところだ。今では釜山を代表する観光地になっている甘川文化村も典型的なタルトンネだ。

■釜山最後の食事は

 イ・ジュンソプゆかりのタルトンネから東光洞に戻り、『釜山映像体験博物館』を冷やかし、おのぼりさんよろしく釜山タワーに登ってから、再び瀛州(ヨンジュ)市場にやってきた。相棒N氏が麺が食べたいと言うのでここにしたのだ。

 選択肢はカルククス(汁うどん)、ピビムククス(混ぜ素麺)、チャンチククス(汁そうめん)。恰幅のよい女将のカウンターに座り、私はピビムククスを、N氏はカルククスを頼む。

 過去の経験から言うと、ここはどの店も普通に旨い。75点くらいの味である。それに廃墟のような空間の風情が加わって100点になる。映画『鋼鉄の雨』や『タクシー運転手 約束は海を越えて』のチョン・ウソンクァク・ドウォン、ソン・ガンホのように無心に麺をすすり込む。

瀛州市場で食べたピビムククス

 今日は夕方発のKTX(韓国高速鉄道)に乗ってソウルに向かう。コン・ユチョン・ユミマ・ドンソク主演映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』の原題は『釜山行』だったが、その逆の『ソウル行』である。

 釜山~ソウルの所要2時間40分。船旅や街歩きで身体がスローシティ化しているので、高速移動がせわしいものにしか感じられない。