はじめてこの料理を口にしたときの印象はすごく悪かった。上海のちょっと高めのレストラン。そこでこの料理が出てきた。

 くさいというより、刺激臭にやられた。鼻を近づけるとアンモニア臭が鼻腔に刺さり、涙がぽろぽろ出てきた。好奇心で刺激臭を抑えて口に運ぶ。すぐに後悔することになった。味……それを感知する以前に舌がしびれてしまうのだ。やがてしびれは口中に広がる。

■上海で体験した刺激的なアンモニア臭のエイ料理に、韓国で再び出合った

 これは食べ物なのか?

 後で調べると、それは立派な料理だった。もちろん珍味の領域。ガンギエイというエイの肉を発酵させたものだった。エイはサメの仲間だ。その肉を発酵させるとこれほどアンモニアの刺激が強くなるのか。

 中国料理のなかでも、酒にからむようにして生まれた料理のようだった。中国には白酒という、アルコールが40度を超える強い酒がある。その酒をぐいッと飲み、さらにこの料理で口のなかをしびれさせる? 酒の肴というものは、ときに「うまい」と「くさい」の境界線上に辿り着くきらいがあるが、この料理は「くさい」を超えた刺激に近づいていた。

 2度と口にしないだろうな……と思っていたが、ソウルの路地裏で、この料理と再び出合うことになる。

 誘ってくれたのは女性だった。僕は取材でソウルにカメラマンと滞在していた。日本人があまり食べたことがない珍しい料理……。そんな依頼をソウルに住む日本人に投げかけていると、ひとつの料理に辿り着いた。こう説明された。

「女性が好む料理なんです。少し刺激のある味ですが、これを食べると、体の毒素が抜けるというかデトックス効果があって、肌がきれいになるといわれます。韓国の南部では冠婚葬祭には欠かせない料理なんです」

 そう聞いたときは、なんだかよさげな料理に思えた。

 連れていってもらった店は路地裏にあった。店というより一軒家の趣だった。その料理の専門店だという。その料理はマッコリに合うようで、味のいいマッコリを出す店としても知られているようだった。

 客は誰もいなかった。店員は小皿を次々に運んでくる。そして大皿に盛られたメインの料理を手にテーブルに近づいてきた。

「ん?」

 鼻腔が反応した。あのにおいである。何年か前、上海のレストランで出合ったアンモニアの刺激臭……。

 ガンギエイを発酵した料理だった。そうとわかっていたら、この誘いに乗っただろうか。女性が好む料理と聞いたとき、ガンギエイとつながらなかった。とても女性が口にする料理とは思えない。強い酒があってかろうじて……という世界に映っていたからだ。